プロフィール of 八ヶ岳でのスノーシュー、カヤックなら「ひといき荘」

山梨県・長野県にまたがる八ヶ岳連峰をエリアにした、スノーシュートレッキングや湖カヤックツアー。

TEL.0551-38-0196
updated 2010-01-21

1976年2月25日生。

プロフィール001.jpg静岡県浜松市で生まれ、小学生の頃に「親元離れて暮らしたい」とカッコいい事言い放ち、同県静岡市にある中高男子校寮生活で青春を潰す。その後、「勉強するには住環境が大切だ」という親の言いつけのもと、「物価が安く・食べ物が美味しく(トンコツラーメン万歳)・温泉が近く・人柄が良く・女の子が可愛い」九州での大学生活(文学部)で息を吹き返す。

ヒッチハイク日本1周、四国遍路、インド徘徊。。。

プロフィール用006.jpg大学在学中から登山愛好会に所属し、九重連山(大分)や宮之浦岳(鹿児島・屋久島)などの九州の山々のほか、北・南アルプスを縦走するも、九州という地形柄か、ピークアタックというよりは低山トレッキングの魅力に引き寄せられる。

また、ヒッチハイクで日本1周をするも四国へ行き忘れ、せっかく行くならば四国巡礼をしようと思い立ち、1999年3月、当時(自分の中で)流行っていたノートパソコンを持って、お遍路の模様をホームページに公開しながら約2ヶ月かけて巡礼を完遂。これが、新聞・テレビ・ラジオ等で「電脳装備のお遍路さん」などと紹介され、『”変”と言われる事に快感を覚える』人生の第一歩に。

メディアに出た怪しげな姿が、格安航空券大手のH旅行会社の九州社長に見つかり、大学生の分際で

「これからインターネットメディアは儲かりまっせ」
なんて話したら、

「うちは海外専門だから(当時)、ひとまず海外行ってきたら?インドとかいいよ」
と言われたので、翌週、大阪の領事館までビザを取りに行き、数日後には単身、インドの地に下り立つ

インドでは、喧嘩、夜行列車からの飛び降り、ガンジス川での沐浴等、

「あぁ、もうこれ以上怖いものはないかもん」
と、中途半端に悟りながら帰国。
インドを勧めてくれたお礼にと、お土産をH社に持っていったら、就職試験の真っ最中。
一応、ひと通りの試験を受けて入社。

山が、呼んでいるんです。

プロフィール用001.jpg2年ほど社会人生活を送ったものの、山旅に出たい気持ちを抑えきれず(前世は遊牧民だったと思う)、

すみません、山が呼んでいるんです。
と告げて、円満退社。この語録は退社して数年は語り継がれていたらしい。

その後、乗鞍高原にあるペンション「テンガロンハット」で、約1年間の約束で居候生活を送り、ここで初めて雪と戯れる楽しさを知る。「人生、踏み外してこそ面白い」という想いからか、ゲレンデスキーより雪原を自由に闊歩できるスノーシュー(西洋式カンジキ)にはまって、乗鞍高原内の雪原を堪能。
その後、数年前に欧州バックパッキング旅行(スイス・オーストリア・ドイツ・北欧)で訪れたノルウェーで見たテレマークスキーにも足を伸ばす。

プロフィール用005.jpg2001年春、縁あって八ヶ岳南麓での生活をスタート。この頃、キープ協会のインタープリターズキャンプやアバランチ(雪崩)講習会の受講、ネイチャーゲーム&CONEリーダー、安全衛生特別教育(大径木伐木・刈払作業)の資格を習得。
同年冬、蓼科の雪原にテントを張って生活しながら周辺のルート開拓をしていたら、蓼科のペンションオーナーに見つかり、
オーナー:「君、なにしてんの?」
ふじけん:「テント生活してます」
オーナー:「・・・」
てな具合の会話を繰り返し、ペンションのお客様のみを対象にしたガイド業をスタートし、2007年より「ひといき荘」として、春〜秋はトレッキング&カヤック、冬はスノーシューを中心としたプログラムを提供。特に、満月の夜だけのプログラム「ムーンライトスノーシュー」は、自然の新たな魅力の一つとして、NHK全国版等、多くのメディアで紹介される。

一方、地域新聞紙「八ヶ岳ジャーナル」の記者として地域ネタを追いかけるため、地元ネタに精通しているほか、小学館発行のアウトドア雑誌「BE-PAL」のメールマガジン「air-BE-PAL」(休刊中)のライター、雑誌コラム等の執筆実績もある。

プロフィール用003.jpg2010年4月には、2003年に踏破した「スペイン・サンティアゴ巡礼」の徒歩による再踏破(900km)を妻と計画中。




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